5. 袋小路

山川は残りのビールをぐっとあおりながら、「何があったんだろう、今となっては真実も分からずじまいか。」と、少し赤らんだ顔でつぶやいた。山川は仙台に戻ってから渓流釣りに明け暮れ、悠々自適の生活を送っていた。

洋一の一周忌があり、平直行を始めとして、東京から駆け付けた湯本嘉之、立花純、仙台にいる鈴木正文や森川希美が集まっていたのだった。

「4月にうちのオヤジの葬式に来てくれたときなんか、胃潰瘍くらいだろうと軽く考えてしまったけど。無理やりにでも病院に引っ張っていくべきだったな。」と湯本は悔いるようにつぶやいた。「あの時は葬式の間中、トイレから出ることが出来なかったしな。なぁ、純も気づいていただろ。」と山川が純に向かって言った。「葬儀場についた段階で、既に駐車場でもゲーってぶちまけていたよ。肝臓壊すくらい飲んでいたらしいぜ。」と純が山川に同調するように答えた。

「まあ、絹江ちゃんのことで辛い思いをしたのは分かっていたけど。まさか体壊すまで自分を追いつめていたなんて。」と湯本が言った。

「あれから来月で1年になるね。自分の体の事があったから、『私に責任があるの』って、絹へは口癖のように言っていたけど。でも、ほんとうは洋一君が身勝手すぎたのよ。絹江は何も言わずにずっと待っていたのよ。」と、正文の隣に座っていた希美が目に涙をためながらつぶやいた。

「やつの事、そんな風にいうもんじゃないよ。本当の気持なんか、わかっているつもりでも、実はなんにも理解できていなかったんだから。」と正文が言った。

「なに?体のコトって。」と山川が希美に向かって言った。「おまえ、それ知らなかったのかよ?」と正文が割って入った。「もういいじゃない、いまさら何を言っても仕方ないでしょ。」と希美が言った。「ふたりの間に何か問題でもあったの?」と山川がしつこく聞いた。「アイツなりに苦しかったと思うよ。絹江ちゃんの事本当に好きだったし、絹江ちゃんの気持ちもよくわかっていたはずだったし。」と正文が言った。

「なんかうまく言えないんだけどさ、親の期待って染みついて離れないんだよ。大の男がっていうけど、あいつのオヤジからしたらさ、家が途絶える事は許されなかったんだよ。それはそれで洋一にとっては。」と湯本が言った。「そんなもんだよ、家に対する責任っていうの?」と純が湯本に同調するように言った。

「そんなのあんまりでしょ。絹江の気持ちになってみてよ、しかも。」と、酔いがまわってきているのもあり、少し感情的に希美が言った。

「二人の間では結婚よりも、一緒にいることが大事だったんだろ。少なくとも洋一には。」と正文が言った。

「絹江がね、去年の夏にね、『洋一君から指輪もらったの』って私に左手の薬指見せてくれたわ。ほんとうに嬉しそうだった。『幸せになれるんだねって、よかったねって』、私も喜んだのに」と希美が思い出すように言った。

「でも結局、最後は洋一も絹江ちゃんの気持ちを大切にしてあげたんだろ。一度はサブちゃんに門前払い喰らってたんだからな。」と正文が言った。

「当たり前でしょ。そんな事もできないなら男じゃないじゃない。」と、正文の目をキッと睨み付け、口をとんがらせて希美が言った。

「『そんな事』なんて、感情的になるなよ。俺も長男だから、家を絶やせないってプレッシャー理解できるな。まして、サブちゃん相手だろ。」と湯本が言った。「わかっているわよ、そんなことくらい。そうじゃなくて、ケジメよ。白黒つけられないなら、付き合うとか結婚するとか、軽々しく言う資格なんかないでしょ。」と、高ぶった感情を落ち着けられないまま希美が言った。

「そういやぁ、ここにいる連中みんな長男だよな。純だけかよよ、家のことそっちのけで、かみさんと子供捨て若い女囲っているの。」と山川が言った。「お前にはわからないだろ、会社経営の厳しさは。女でもいないとやってられないつーの。」と純が言った。そして、「でもよぉ、直ヤンはずいぶん前からは気付いていたんだろ。」と続けた。

右手に持ったグラスの向こう側を見つめるように、直ヤンが初めて口を開いた。「袋小路に迷い込んでしまったのだろうな。言葉なんかじゃ、洋一の気持ちは表現できないよ。」とだけ答えた。その表情は怒っているようにも見えたし、あっけらかんとした風にもとれた。そして、グラスの日本酒をいっきに飲み干した。

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