ディストピアの淵

13. 記憶

どこにもたどり着かない、薄暗い路地。どれだけ歩いたのだろう。ふりむいても、前を見ても何もない、ただ続いているだけの道。ヒールの女性どころか、僕以外にだれもいない。それは僕の記憶の中だけのことだったのだろうか。すべてのできごとは記憶でしかない...
ディストピアの淵

12. ブックマッチ

結局のところ、僕の過去がどうであろうが、宇宙の原理がなんであろうが、現実とは脳の作り出したイメージがそのひとなりに現れているに過ぎないのだ。周りの環境が変化しようが、冬だろうが夏だろうが、脳が楽しいと思えば楽園だし、寒くてつらいと感じればそ...
ディストピアの淵

11. COOL STRUTTIN’

壁にかかった丸い時計を見ると9時少し過ぎだった。僕はサンドイッチとコーヒーの礼を朋子につたえ彼女のマンションを後にした。別れ際にまた会いたいと僕は言った。朋子は素直に僕を見て玄関を開ける前に軽くキスをしてくれた。マンションから最寄り駅までは...
ディストピアの淵

10. 記憶

朋子はコーヒーをいれ、レタスときゅうりとハムのサンドイッチを朝食に作ってくれた。僕はキッチンの小さなテーブルに朋子向かい合いサンドイッチを食べた。朋子が妙に幸せそうに見えた気がした。そして夕べの銀盆の男のことを思い返してみた。夢ではない。確...
ディストピアの淵

9. 朝

朋子の柔らかな乳房を腹のあたりで感じた。「僕はどこにいるのだろうか。」と僕は言った。朋子が目を覚まし「おはよう。」と小さな声で言った。「熟睡しちゃんみたいね。」僕は黙って白い天井を見つめた。カーテンの隙間から漏れた朝の光が格子状に揺れていた...
ディストピアの淵

8. Wood-Base

僕は目を閉じた。特に考えることもなく、何もすることもなく、木製の格子と格子のあいだに後頭部を軽くつけ、ゆっくりと息を腹に送り、静かに細く闇にもどした。目を閉じた後も、閉じる前と同じように暗闇が包んでいた。深い闇の中で硬いソファーにどこまでも...
ディストピアの淵

7. ウイスキー

弓で弦を振るわすウッドベースの波動が、いつのまにか闇を刻むような奏法へと変化している。空間を包み込む途切れない低い波動はピアノやギターなど他の楽器を程よく前面に押し出していた。積極さは無いが、かといって裏方でもない。闇と自然と調和するような...
ディストピアの淵

6. Count

古びた、少し重い扉が鈍い音を立てた。ニスが剥げ落ち、いい塩梅に光沢の抜けた薄茶色の木枠が闇を和らげている。廊下は薄暗く、ほんの数歩先から裸電球のような明かりが漏れている。ウッドベースの響きに似た波動が溢れ出て僕を閉じ込めてしまう。奥へと目を...
ディストピアの淵

5. 路地

タクシーを降り近くにあった公園のベンチに腰掛けブランコを眺めた。ほんのりとしたか風が心地よく花壇の花を揺らしていたがブランコはぶら下がったまま、無重力状態を保つように止まっていた。どれくらいのあいだ、そこにいたのかわからなかったが、たぶん1...
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4. マンション

実際のところ、僕の精神は自分自身で自覚できるほど安らかになってきていた。明るい気持ちになってきていると実感できるし、過去に経験したことの内容な幸福感に満たされることもしばしば感じる。「実際に脳が健康のなると、体もものすごく楽になっていうのが...