ディストピアの淵

17. やがて行く季節を知らず

少し前の眞野であれば、そんなもの大げさで、ただ無用なだけのものと思ったかもしれない。いつも地面ばかりを見て青く広がる空を見上げようともしない小鳩のようなものだ。小鳩が大鳥のことなど、どうして理解することが出来ようか。「僕には到底南の果てのこ...
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16. Cool Struttin

カウンターの女性客がレコードジャケットを手に取り席に戻った。そして銀盆の男とレコードについて話し始めた。眞野は女のふくらはぎを眺めながら、瓶に残ったビールをコップに注いだ。柿の種の小さな破片がコップに浮かんでいた。酔いが心地よくまわり、心が...
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15.瓶ビール

眞野は立てかけられているレコードジャケットを見た。灰色をベースとした色合いのジャケットだ。膝下だけの描写だが、黒いタイトスカートの女性がさっそうと歩いている。「あれは昨日のスリットスカート」と、振り返った時にドアの外を横切った女の足を思い出...
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14. 銀盆の男

僕は次の日もCOUNTを訪れた。どうしてまた翌日も来てしまったのか、眞野自身にもよくわからなかった。あのレコードジャケットがなんとなく気になっていたのかもしれない。体の奥底に響いてくる音圧に誘われたような気もする。音楽自体にそれほど興味を持...
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13. 記憶

どこにもたどり着かない、薄暗い路地。どれだけ歩いたのだろう。ふりむいても、前を見ても何もない、ただ続いているだけの道。ヒールの女性どころか、僕以外にだれもいない。それは僕の記憶の中だけのことだったのだろうか。すべてのできごとは記憶でしかない...
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12. ブックマッチ

結局のところ、僕の過去がどうであろうが、宇宙の原理がなんであろうが、現実とは脳の作り出したイメージがそのひとなりに現れているに過ぎないのだ。周りの環境が変化しようが、冬だろうが夏だろうが、脳が楽しいと思えば楽園だし、寒くてつらいと感じればそ...
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11. COOL STRUTTIN’

壁にかかった丸い時計を見ると9時少し過ぎだった。僕はサンドイッチとコーヒーの礼を朋子につたえ彼女のマンションを後にした。別れ際にまた会いたいと僕は言った。朋子は素直に僕を見て玄関を開ける前に軽くキスをしてくれた。マンションから最寄り駅までは...
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10. 記憶

朋子はコーヒーをいれ、レタスときゅうりとハムのサンドイッチを朝食に作ってくれた。僕はキッチンの小さなテーブルに朋子向かい合いサンドイッチを食べた。朋子が妙に幸せそうに見えた気がした。そして夕べの銀盆の男のことを思い返してみた。夢ではない。確...
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9. 朝

朋子の柔らかな乳房を腹のあたりで感じた。「僕はどこにいるのだろうか。」と僕は言った。朋子が目を覚まし「おはよう。」と小さな声で言った。「熟睡しちゃんみたいね。」僕は黙って白い天井を見つめた。カーテンの隙間から漏れた朝の光が格子状に揺れていた...
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8. Wood-Base

僕は目を閉じた。特に考えることもなく、何もすることもなく、木製の格子と格子のあいだに後頭部を軽くつけ、ゆっくりと息を腹に送り、静かに細く闇にもどした。目を閉じた後も、閉じる前と同じように暗闇が包んでいた。深い闇の中で硬いソファーにどこまでも...