3. 小僧

木村洋一は残りの日本酒をグッと飲み干した。当時はまだコンビニなどは無かった。自宅の近所にある酒屋の前に、日本酒やビールを売っている自販機が設置されていた。そこから買ってきたワンカップをひとビン空けたところだった。

その直後、階段を誰かが足音を響かせながら駆け上がってきた。「コラァ、ヨウイヂィー。クソの分際で生意気にマージャンなんかしてるんじゃねぇ。」という怒鳴り声と同時に、サブちゃんは手に持ったドライバーの柄で、洋一の頭を力任せに殴った。ボコッと鈍い音がした。サブちゃんの怒号と共にドライバーの柄は折れて飛んで行った。

ビールの空き缶やら、酒のカップやらが散乱した部屋で、四角いテーブルを囲み、洋一達はマージャンをしていた。卓を囲む4人以外に、周りでタバコを吸っていた同級生たちも何人かいたが、皆その瞬間、サブちゃんの剣幕に圧倒されてしまった。

そしてまた、まさにそのタイミングで爆音を立てたバイクが1台、洋一の家にやってきたのだった。が、サブちゃんの叫び声を聞き、一目散に引き返してしまった。

サブちゃんとは洋一の父親だ。名前が三郎だったから、洋一の家によく遊びに来ていた同級生たちはふざけてサブちゃんと呼んでいた。サブちゃんのその気性の荒さは仲間内でも有名で、家に遊びに行った際に今日サブちゃんいるのかと確認されることもしばしばあった。

その日は、やることが無いと言って停学中のメンバーが一堂に集い、洋一の部屋でマージャンをしていたのだ。しかも、そのサブちゃんがいつ帰るかしれない家で。

洋一の頭を力任せにドライバーで殴ったあと、サブちゃんはそう長く洋一の部屋にはいなかった。最後にひとこと「わかったな」と言い捨て、直ぐに部屋を出て行ったのである。まだマージャンをやれる度胸は無いだろうと踏んだのかもしれなかった。

サブちゃんが出て行った部屋では、あっけにとられた山川幸男が「ぽかーん」と口を開けていた。そして、しばらくしてから「いまの、もしかしてサブちゃん?」と、誰に言う訳でもなく呟いた。「洋一、頭大丈夫か?」と、一緒に停学を食らっていた湯本嘉之が聞いた。

しかし、洋一は口を真一文字に結んだまま何も答えなかった。洋一のグリスで固めたリーゼントがベットリとした血で染まり、さらにそれがパカパカに固まっていた。

「あ~あ、俺の国士無双が」と湯本が続けて言った。「さすがにこれ以上やれないよな、点棒数えようぜ、清算、清算。」と懲りた様子もなく、山川も湯本に向かって言った。「ばぁーか、ふざけんなよ、まだ終わってないぜ」と湯本が煙草に火をつけた。

その煙草をみて、仲間内で一番気の小さい正文が、「サブちゃんまた来るぜ」と顔をひきつらせた。その頃、既にサブちゃんは梅林に戻っていた。正文も停学メンバーの一人である。

サブちゃんは仕事場の梅林から、何か忘れ物でも取りに戻って来たのだろう。その際に「ジャラジャラ」という音に気づき、2階にある洋一の部屋に駆け上がったのだった。

梅林はサブちゃんがやっている居酒屋だ。幼馴染の平直行などは、洋一が居る居ないに関わらず、道場での練習帰りなどに顔を出すことがあった。小さなころから木村家によく遊びに来ていたから、サブちゃんも「ナオ」とか「直ヤン」と言って息子同様にかわいがっていた。直ヤンが腹を減らして梅林に来ると「ほれ、食え」と、手近にある材料で何か作ってくれたものだった。

「そういえば、サブちゃんに怒鳴られていたときに単車の音がしていたけど、あれ誰?」と山川が思い出したように言った。「あっ、たぶんキーチャンのゼッツーだろ」と正文が答えた。「ああ見えてビビリだからな、あいつ慌てて引き返したんだろう。たぶん彼女のところか、純のアパートにでも行ったんじゃないか。」と湯本が言った。ちなみに、ゼッツーとはカワサキ・Z750FOURという1970年代に全盛を誇った750CCの大型バイクで、後の750FXに後継を譲ったモデルだ。

案の定、キーチャンと正文が言った中村清城は、洋一の家から慌てて引き返し、立花純の住んでいたアパートに向かっていた。

「サブちゃん、大暴れだったよ。たぶんあれって、停学の件をまだ怒ってんだぜ、きっと。」とキーチャンは、サブちゃんの怒鳴り声の様子を純に話していた。純は盛岡の中学を卒業後、遊びほうけ過ぎて浪人してしまい、受け入れてくれる高校もなく一年間ブラブラとしていた。その後、今いる仙台の高校に拾ってもらったのだった。盛岡の実家から仙台のアパート移り、一人暮らしをしていた。アパートはもちろん親の仕送りで借りたものだ。

「あの時さあ、山川の家で飲んで、それだけで止めときゃよかったんだよな。」と、逃げ込んできた清城に向かい純が言った。「『女の子呼んで、俺のアパートで飲み直そうぜ』なんて言うやつがいるからだよ。」と、事件があった晩のことを思い出して更に付け加えた。

お調子者の山川が「キーチャン、悪いようにはしないから連絡してみろよ、おまえの彼女に。友達も連れてくるように伝えろよな。」なん言い出したのが悪かった。清城にとってはいい迷惑だったが、その場の雰囲気に逆らう事も出来ず「とりあえず純のアパートに集合ってことで、電話してみるよ。」と答えてしまった。

停学は確か2週間くらいだったと思う。何もすることが無いという事で、洋一や、山川、純、清城、その他数名が集まり、最初に山川の部屋で酒を飲み始めた。それだけだったら学校にばれることもなかったのかもしれない。ところが、調子にのって「女の子さそっては純のアパートへ行こう」となってしまったのである。山川に家には親もいるので女の子を呼ぶのに抵抗があったのだった。

かなりの量のアルコールが入っている状態で、深夜数台のバイクに跨り移動しはじめたのだが、当然ながらというか、天罰が下ったというか、途中でパトロール中の警察官に見つかってしまった。

ヘルメットもかぶらず、大声で騒ぎながら、高校生らしき年齢の小僧どもがバイクに乗っているのだ。そんな状況が見逃されるはずはない。もしかしたら、近隣の誰かが通報したのかもしれなかった。いずれにしても、警官による捕り物が始まった。

最初は近くの交番から駆けつけたであろう2台の小さなバイクが追いかけてきた。白と黒のツートンカラーに塗られたスーパーカブを振り切ろうと、小僧どものバイクは逃げ回った。が、しかし、無線を聞き応援に駆け付けた他の警官が、道を先回りし構えていた。

その先回りしていた警官の棍棒が、バイクめがけて横殴りに襲い掛かってきたのだった。直ヤンはバイクのハンドルを握りながらも、上半身をうまくかわしてそれを避けた。しかし、次の瞬間、後ろのシートに乗っていた山川が、直撃を受けてしまった。山川は棍棒で殴られ、その勢いでバイクから振り落とされてしまった。

そこからは、小僧軍団が総崩れとなり、最初に彼らを見つけた警官や、更にはパトカーの応援部隊も合流し、結果、総勢10人弱が補導された。今になって思い返せば、よくもまああれだけの事をしておきながら退学にならなかったと思えるような事件だった。

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