21. うなり

右腕が“ズキン、ズキン”と疼いていた。建物の一角から火の手が上がっているらしく赤黒く血に染まったシャツを橙色に塗り替えていた。体の上に重なっている瓦礫を自由になる左手で動かそうとした。洋一に迫ってきた炎は全身を炙りだした。リングの床板だろうか。体の上に重なり合った分厚い木の板に火が付き次第に大きな火った。

重なり合った板同士のバランスが崩れ、体が自由になったその一瞬に、洋一は両膝と左腕で這うように、そこから抜け出すことができた。

誰かの声がした気がしたが、どこで誰がどうなっているのかわからない。まだ燃えていない一方向へ、瓦礫を踏み超えながら進んでいった。

何とか自力で空の見える所までたどり着いた。「きぬえー」と力の限り叫んだ。建物に向かい、何度も何度も叫んだ。

試合会場は全体が炎の塊となって“ゴゥゴゥ”とうなりを上げた。背後の建物も同じように火に包まれていた。炎が強風となり、あたり一帯をとぐろを巻きながら燃やし始めた。時折、地鳴りを上げ地面が揺れ動く。

どれだけの間、さまよったのだろう。いく晩倒れていたのだろう。もしかしたら、炎に囲まれたときに明るいと感じただけなのかもしれない。既に都市の跡形もなくなった廃墟のなかで洋一は目を覚ました。月が仄かな黄色い光で、あたりを優しく包み込んでいた。

洋一は立ち上がり、当てもなく歩き出した。月の光でできた自分のうす影だけが周りに漂っていた。その影も自らの動きを洋一に従わせ、ただ彷徨っていた。洋一はどこに向うのかも分からず、月の光に導かれるように歩き続けた。そうしなければ、絹江に会えないのではないかという漠然とした意識だけが洋一を動かすかのように。

「きぬえ」何時間歩いただろうか。「どこにいる」洋一の心の中には悲しみと怒り満ちていた。「おれが絹江を。頼む。どこかで生きていてくれ。」誰もいない大きな交差点の真ん中で洋一は再び倒れた。

交差点の周りには燃え残った建物が燻り、動きの止まった黒焦げの自動車が、時空が閉じてしまったかのように静止していた。

なぜあんなに早く走っていたのだろうか。なぜ遠いところまで走る必要があったのだろうか。どんなに走っても、相対的には同じ場所にいるのと何ら変らなかったのではないのか。都市の残骸が今更のように物語っていた。

 

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