データセンターの会議室を借り平直行の映像配信を指揮していた立花は愕然としていた。モニターの映像が消えたと思ったその瞬間、床を突き上げるような衝撃に襲われたのだ。
「なんだなんだ。全然映らないじゃないか」と立花がスタッフに怒声を浴びせた。「すみません、繋がりません」とスタッフは叫ぶばかりだった。
直ヤンの独占放送が終わるまではと、データセンター内のオペレーションルームで待機していた湯本が直接指揮を振るっていた。
「森、なんとか外部情報とアクセスしろ。NHKなら映るだろう」「坂本、警備員に巡回の指示を出せ」
「所長、マグニチュード8、震源地東京直下、震度7。この後も大きいのが来るかもしれません」テレビの字幕に映ったNHKの初報を森が読み上げた。NHKの事務所内に設置された定点カメラに映し出されたオフィスの様子が流れていた。足の踏み場もなく、整然と並んでいるはずの机や椅子、書庫などが全て倒れ、事務所内にいた人たちが無事なのかどうか全く分からい惨状であった。
「東京電力からの給電停止」
「非常用発電機、全機稼働。無瞬断で電力切替済み」
「通信用回線全断、衛星通信のみ正常」
「構内のけが人不明」
「11階の分電盤から出火、14階の非常用バッテリーが揺れで損傷。一部発火の可能性あり」
湯本の基には次第にデータセンター内の状況が集まってきた。
「サーバーにつながっていた電源が揺れの影響でショートしたと思われます。おそらく、仮運転中でしっかり固定されていなかった機器が外れ、それが原因でコンセントがショートしたようです。監視カメラ画像にここまでは残っています。」と坂本が説明した。
「突発電流か。高圧の電流がショートして、ブレーカが落ちるより早く電流が遡ったんだ」
と森が理解したという様に坂本に答えた。
「それが原因だな、例の試合の配信サーバーか。出火場所には誰か向かったのか。お客様が残っている可能性がある。すぐに確認に向かえ」湯本は中央監視装置で各種設備のアラートを確認していた坂本へ指示をだした。
「私がここを離れると、遠隔監視が出来なくなります」と坂本が答えた
「もうすでに崩壊している。スタッフが足りなすぎる。人命優先だ」と湯本が叫んだ。
通常であれば、管内全域を遠隔監視カメラで確認できるのだったが、出火による煙の影響なのか、モニターからでは11階の様子が分からなかった。」
「いったいどれだけのダメージを受けているのであろう。想定外であることには違いない。」と湯本が森に話しかけた。
想定範囲内であれば、電力や通信、出火時の消火など各種設備は自動化されており、ほぼ無人の状態でも対処できるはずだった。たまたま、その日は湯本や森などの統制格メンバーが残っていたものの、そのほかの設備スタッフやお客様対応スタッフはもう既に帰宅していた。
「所長、幸い11階のお客様は全て非常階段で10階に避難済みでした。窒素ガスの噴出許可をお願いします」外部との通信は途絶えていたが、構内に設置されたインターフォンは繋がってくれた。先ほど湯本の指示で巡回に出た坂本からの連絡であった。
「了解した。11階の防火シャッターは動くか。手動で動けば11階を閉鎖しろ。」と湯本がインターフォンの向こうへ指示をだした。
「所長、シャッターのレールがゆがんでいます。閉鎖は無理です」
「わかった。窒素ガスのスイッチは確認できるか。スイッチを押し、お前もすぐに非常階から10階まで逃げろ。」
「わかりました」と設備担当者が叫び、そのままインターフォンの横にある消火用窒素ガスの噴出スイッチを押した。閉鎖せずにガスを噴き出したため、吹き出し口から高圧でガスがフロア内に吹き出し、同時に“キーン”という高周波が鳴り響いた。その高温に鼓膜を突き破られ、設備担当者が頭を抱え目玉をむき出すような表情で床に倒れた。
平時の防災訓練では消化ガスまで噴出していなかった。むしろ、無人の状況さえ遠隔カメラで確認できれば、作業員を介さずとも全自動で火災区画のシャッターが閉じ、閉鎖された空間のなかでガスが噴き出すという認識だった。
データセンターはコントルール不能の状況に陥りつつあった。高圧ボンベから細い噴出孔を介してガスが噴き出す際の衝撃までは誰も理解できていたかったのだ。
「建物外周を確認して参りました」と大きな声で警備員が言いながらオペレーションルームに戻ってきた。
「建物北側の外壁に、1階から4階ほどの高さまで亀裂が入っていました。それと、建物内部から地下免震ピットに入り破損有無を確認しましたが、同じく北側の支柱が目視でも分かるほど傾斜しておりました」と、警備員がオペレーションルーム内にいた湯本や森に報告した。
データセンターは免震という構造で、地震発生時の大地の揺れを建物に直接伝えないようにできていたはずだった。しかしながら、警備員の報告によると、地盤に直接撃ち込まれた杭を含む台座部分に亀裂が入っていたというのだ。また、揺れの影響をあまり受けないはずの建物側でも、外壁に大きく亀裂が入っていた。
「そんなはずないじゃないか。一体どうしたんだ。」と湯本が反射的に叫んだ。
「坂本がまだ戻りません。インターフォンも、構内PHSも不通です」と15分以上連絡が無い坂本を心配して森が言った。
「鎮火の確認も必要だ。誰か11階まで行くことはできるか」と湯本が周囲に声をかけた。
「非常階段からしか行けないため少し時間がかかると思いますが。」と先ほど外周巡回から戻ってきた警備員が言った。
「内線用PHSを忘れずに持って行け」と森が警備員へ声をかけた。
大きな衝撃から30分ほど経過しただろうか。今のところ唯一の手がかりであるNHKから続報が流れた。
「震源地、東京直下。マグニチュード想定8以上、震度7~8の縦揺れが大きく2回発生。その後も余震が続いている」とのことだった。まだ都内の被災情報等は映されていない。
「震度8相当の縦揺とは、最悪のケースです。」と森が湯本に言った。
「起こってしまったか。」と湯本もまるで想定していたようにつぶやいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」と息を切らして18階の会議室から純が降りてきた。「11階はどうなっているんだ。非常階段のドアが押しても開かなかったぞ。我が社の映像サーバーは無事なのか」とオペレーションルームの分厚い扉を両手で殴るようにノックし「ゆもとぉ。携帯が全然つながらないぞ。何が起こっているんだ」と叫び続けた。ちょうどそのとき、11階の状況確認のためオペレーションルームを警備員が空けた。
オペレーションルームはセキュリティ上、その位置は一般には明かされておらず、かつ2重扉で出入りを管理されている。しかし、湯本との友達同士の雑談のなかで純はおおよそに位置が理解できいた。
「ここに湯本がいるんだろ。入れてくれ。」と純が警備員に怒鳴った。
「無理です。私には権限がありません」と警備員が答えた。そして、絡んでくる純の腕を振りほどいて火災現場へ向かおうとした。
ちょうど森が警備員の内線用PHSを呼び出した。「今どのあたりだ。」と森が聞いた。
「まだです。部屋を出たところでお客様に捕まっています」と警備員が言った。
森が慌ててオペレーションルームから出てみると、そこには警備員ともみ合っている純がいた。「立花社長、何をされているんですか」と森が純に言った。
「何をじゃねーよ。何が起きたんだ説明しろ」と純が森の胸倉をつかんで言った。
「お前はいいから早く11階へ向かえ」と、まだその場にいた警備に向かい森が言った。
警備員は我に返り、すぐさま非常階段の方向へ駈け出した。
「独占中継が滅茶苦茶じゃないか。データセンターは絶対なんだよな」と純は興奮を抑えきれずに森に言った。
「マグニチュード8の直下型地震です」と森が説明しようとした。
「データセンターなんだから大丈夫だって言ってたじゃないか。この前の見学でなんて言った。東日本大震災や阪神淡路大震災クラスでも耐えられる十分な安全値を持ってたてられているって言ってたじゃねーか」
「これほどの縦揺が来るとは・・・」と森が言った。
様子を見に湯本がオペレーションルームから出てきた。
「純、ここにいたのか」と湯本が言った。
「どうなってるんだ」と純が湯本へ言った。
「今の技術じゃ、免震っていうのは横揺れにしか対応できないんだ」と湯本が純に正直に話した。
「そんな説明してなかったじゃないか」と純が詰め寄った。
「どっちにしても無理だよ。ここだけじゃない。たぶん、少なくとも東京全域が被害を受けている。それもかなりの被害を」と湯本が言った。
純がやっと理解できたように言った。「都内が、どうなってるんだ」とあっけにとられたように言った。
その時、森の内線用PHSが鳴った。11階に向かった警備員からだった。
「非常階段側の扉にいます。ですが、ドアが開きません。消化ガスの圧でしょうか」と警備員が言った。
「わかった。そのまま待機していてくれ。遠隔で排煙口の弁が開くかこちらから試してみる」と森が言いオペレーションルーム入室用の顔認証装置の前に立った。続けて、湯本も同様に認証装置の前に立ち2枚ある扉の1枚目を空けた。そのタイミングで、森と湯本の間に挟まるように立花も入室しようとした。
「立花社長、ご遠慮ください」と森が言ったが、それにかぶれるように湯本が「まあいい。ここまでなってしまったら、もういい。」と言って立花を連れ込んだ。
「11階で何があったんだ。我が社の設備は無事なのか?」と立花がオペレーションルームに待機していたスタッフに尋ねた。待機していたといっても、全自動で防災設備が稼働することを見込んでいた為、ごく少数であった。
「フリーライフの設備は仮設置状態だったろう。それで機器類が落下し、たぶんその際に電源ケーブルが何かにショートしてしまったんだよ。直接電極同士が接触すると、突入電力っていうのが、回線を逆流し火花を散らすことがあるんだ。それで電力ケーブルを覆う外皮が熱で溶け発火したんだ」
「それじゃあ、今11階は燃えているのか」と純が聞いた。
「所長、排煙弁は何とか動作しそうです。開口の指示をお願いします。」と森が言った。
「俺、こんな場面を映画で見たことがあるぞ。建物内に火種が残っていると、ドアとか開けて外部から空気が流れ込むと火柱が上がるんだ。酸素が供給されて。」と立花が心配そうに言った。
「だが、中にはスタッフが閉じ込められているんだ。坂本をこのまま見殺しにするわけにはいかない。」と湯本が言いながら苦悶の表情を浮かべた。
「所長、窒素ガスは充満しているはずです。鎮火していると判断していいのではないでしょうか。早くしないと、閉じ込められた坂本が酸欠になってしまいます。」と森が言った。
「非常階段にいる警備員に10階まで下りろと連絡しろ。離れないと危険た」と森に湯も音が言った。
「今すぐ10階まで下り、フロア内に入ってくれ。非常階段にいるのは危険だ」と森が内線PHSで11階まで階段を上って行った警備へ伝えた。
内線PHSがつながったまま警備員が移動し、「10階のフロアに入りました」と森に伝えた。
「森、排煙弁を開けてくれ。責任は俺がとる。」と湯本が指示を出した。同時に「10階に移動した警備員の内線を繋ぎ「何か大きな爆発音がしたら教えてくれ」と伝えた。
「所長、10分経過しましたが何も起きなかったようです。排煙ファンも稼働していますので入室しても大丈夫でしょう」と森が湯本に対し、次の指示を促した。
「10階で待機中の警備員を11階に向かわせてくれ」
坂本の救護に向かった警備員から連絡が入った。「11階のガス圧は低下しドアが開きました。坂本さんはその直ぐそばで倒れています。」
「死んだのか、生きているのか」と森が言った。
「息があるようです。これからAEDを試してみます」と警備員が言った。各フロア毎、エレベーターを降りたところにAEDが設置されてるのであった。
それを聞いていた湯本が、消防や救急の支援を試みたが外部への電話はつがならなかった。携帯は話し中のビジー音となり、有線の電話は“ツー”といった発信音さえなかった。周囲の道路が地震により寸断され、電話回線等のケーブルも切れてしまっているのであろう。
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