16. 懇親会

フリーライフ社のシステム担当者を契約予定のラック前まで案内したり、事前説明として入館時の注意事項を説明したりと、森が忙しく駆け回っていた。

先月末、契約前の最終判断を兼ね、フリーライフ社の立花社長が施設の見学に訪れていた。「あまり大きな声で言えないけど、優先的に契約ができるように営業へ手を回しておいたから。」と、大声で湯本が純に話していた。売り手市場のため、なかなか利用可能なラックの空きは出づらかった。それを友達のよしみということで、湯本が事前に根回しをしていたのだった。

地下の免震ピットから屋上ヘリポートまで一通りまわり、営業担当者を介して予めもらっていた情報と相違ないことを立花は確認した。

いくら建築基準法を満たしていても、巨大地震が起きてしまえば、ビル自体がしなるように揺れてしまう。3.11の時には東京も震度5強の揺れを記録したのだが、その時は西新宿にある高層ビルが、互いにぶつかりそうになる映像がニュースで何度も流されていた。また厄介なことに、その揺れが長引けば長引くほど、そのしなりに加速がつき、被害をより大きくしてしまう。しかも地震がおさまっても、そのは揺れはすぐにはおさまらず、しばらくの間ぐらぐらと動いている。

そのような地震の揺れに対処するのが免震という仕組みである。免震装置は、地下にある見学用ピットで確認できる。フリーライフ社見学に際しては、営業の朋子に同行した森が技術的な部分を説明した。

「このデータセンターは5種類の免震装置で地震発生時の揺れを抑えることが可能です。巨大な油圧ダンパーや、揺れを熱に変換する積層ゴム等です。」と森が説明を始めた。

「実際に東日本大震災クラスの地震が東京で起きてもこのビルは揺れないということ?」森からの一通りの説明を聞いた後、立花社長が森に対して質問がしてきた。

森はその質問に対し「揺れないわけではありませんが、揺れの加速度が減衰されます。例えば通勤電車に乗っているときに急な発進や停車があると転びそうになってしまいます。でも、それより遥かに早い新幹線の場合はそうはなりません。新幹線は相当な速度で走っているはずですが、通勤電車のようにな急激な加速度が加わらないからです。」と具体例を示しながら回答した。

続いて電力供給装置の見学である。「万が一のトラブルに備えて、電力線は3ルートからビルへ引き込まれています。それでももし、全ルートからの電力供給が途絶えた場合、当データセンターに設置された無停電電源装置へ無瞬断で切り替わります。無停電電源装置はバッテリーと整流器の組み合わせとお考えください。」と森が説明した。

「バッテリーからの電源ではそう長くはもたないのではないですか。」と立花社長が聞いた。「はい。おっしゃる通り10分程度です。その10分間の間にガスタービンエンジンが発動します。エンジンは起動後40秒程度で安定運転となります。車でいう暖機運転とイメージしてください。」と森が答えた。

「なるほど。で、何時間運転できる燃料があるの?」と続けて立花が質問した。「はい、連続72時間分の燃料がタンクに蓄えられています。

続いて、実際にお客様が使うサーバールームに入った。特に立花社長が興味を持ったのは消火設備であった。「ここは複数のお客さんが使っているようだが、どこかのサーバーが火を噴いたら、わが社のシステムまで被害が及ぶことはないのか?」と立花社長が聞いた。「サーバールーム内には高感度煙感知機が備え付けられています。たとえお線香程度のわずかな煙でも察知します。そして、窒素ガスが一気にルーム内に充満し、酸欠状態にすることで消火します。」

最後は人命救助のための屋上ヘリポートまで行き、トータル120分間の説明が終了した。最終説明会の後は、契約条件に関わる打合せをひととおり終え契約書への押印も滞りなく執り行われてた。そして立花社長をはじめとし、フリーライフ社の社員数名と、データセンター側の営業担当者、そして湯本や森が出席した懇親会となった。

懇親会の場所はデータセンターから歩いて行ける所にある老舗の居酒屋だった。明治創業で現在はその三代目が切り盛りしている。

立花社長は特段接待される側にいあるといった態度もなく、データセンター側のスタッフとすぐに打ち解けた。大雑把な性格が手伝い、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプだった。気が付くとそこにいた関係者はもとより、店員や他のお客さんまでをも巻き込み、たちまち自分のペースで大いに場を盛り上げていた。

湯本は純のもつ不思議な魅力にあらためて感心していた。(うちの営業にもこんなのがいたらな。)と思いつつ、同行した営業担当の大島朋子に視線をやった。

「私のおしり見ていたでしょ。しかも舐めまわすように。」と、朋子は敏感に反応した。既に接待という立場を忘れているようだった。朋子は立花純のペースにすっかりはまり、はまりはしゃぎまくっていた。湯本も次第に純のペースに巻き込まれ、いつもより早いペースで杯を重ねていた。

森は森で彼の自身のメタボな体系を酒の肴にされていた。仕掛け人である立花社長のツッコミには微塵の毒も感じられず、笑いの渦の中心には森の巨体があった。体重120キロを超えた体型は、知らない人から見るとかなりの威圧感を発していた。しかしながら、立花社長の手にかかると、それが愛嬌たっぷりのクマのぬいぐるみに見えてしまうのである。

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