僕は目を閉じた。
特に考えることもなく、何もすることもなく、木製の格子と格子のあいだに後頭部を軽くつけ、ゆっくりと息を腹に送り、静かに細く闇にもどした。
目を閉じた後も、閉じる前と同じように暗闇が包んでいた。深い闇の中で硬いソファーにどこまでも引きづりこまれるような深い闇の底に沈んでいた。
意識が深海を漂い、更にもっと深いところからインクのような青い、ほのかに優しい光が漂い包み込んでくるような不思議な暗さだった。
ウッドベースの低いうねりが僕の体を深く深く沈めていった。体が冷たい海の底に静かに沈んでいった。
どちらが上なのか下なのかもわからない。黒と青が解け合わさったなかで漆黒の魚となり泳いでいる。黒い海の底をゆっくりとうねりながら、北の冷たい海から南に向かって泳いでいる。
魚か海かも区別できないほどの体は海の重さそのものだった。海の底と僕の体はひとつに溶け合い、ただそこに何万年も息づく重力のようにすべてのものを包み込んでいた。
僕は尾びれを大きくゆっくりと、いちどだけ振った。
たちまち巨大な渦が巻きあがり、僕の巨体が浮上し始めた。海の上は眩しく光に満ちている。浮かび上がると再度ゆっくり、かつ力強く尾びれで海面をたたきつけた。
たちまち海は三千里の高さまで波立ち、魚は巨大な鳥にかたちを変えた。
僕は低く唸った。すると、たちまち嵐が立ち上った。
そして、その渦巻く風を翼の下に嵐をはらみ、海上を滑走し、次の瞬間九万里の高さまで舞い上がった。
大鳥が翼を広げると、その背中は何千里あるのかわからない。奮い立ち、羽ばたくと、その背中はまるで真夏の入道雲のようだった。
大鳥は蒼々たる南の空の果てをめざし飛び立った。南の果てには無限の宇宙が広がっているという。そして、そこにぽつんとある小さな池がある。
僕はふと我に返った。
夢を見ていたのだろうか。いや、どちらかといえば黒い魚が夢を見ていたような気がする。。今ここにいる僕自身が夢で、あの黒い魚が現実だったのかもしれない。
闇を埋めるような音の波に埋没しながら、僕は氷のなくなった薄いウイスキーを口に含んだ。
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