13. 記憶

どこにもたどり着かない、薄暗い路地。

どれだけ歩いたのだろう。ふりむいても、前を見ても何もない、ただ続いているだけの道。

ヒールの女性どころか、僕以外にだれもいない。それは僕の記憶の中だけのことだったのだろうか。すべてのできごとは記憶でしかない。それが過去におきた現実だったかどうかなんて確かめようがない。いまこうして歩いていることですら、実際のできごとなのか僕の感覚の世界なのか、もしかしたら、それすらも僕の中に潜む誰かの演出なのかもしれない。

それでも僕はポケットの中にあるブックマッチを心のよりどころにはできる。僕の記憶や感覚の世界を通り越し、僕が手をポケットにいれると確かにここにあるのだから。

それとも意識から記憶の破片がこぼれ落ちてしまうように、このポケットの中のマッチもどこかに消えてしまうのだろうか。

どれだけ歩いたのだろうか。どうやら降りた駅とは違う駅がある。違う街を彷徨っているようだ。

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