「妻を抱いたんだ」と僕は言った。
「へんな人」と朋子は言った。
「もしかしたら7年ぶりかもしれないし、最後にしたのは11年前かもしれない。正確にそんなことを記録してもいないし、覚えてもいないし。」
「でも、とにかくあなたは彼女を抱いたのね。」と朋子がこたえた。
妻は性的に淡泊なタイプだだった。特に子供を産んでからはまったく、そういったことに関心さえ示そうとさえしなかった。もともと、結婚する前から一緒に風呂に入った事さえなかったのだ。性的な交わりはあったが(もちろん若いときだから何度もセックスをしたが)、いつも僕が求め彼女はそれに応じていただけだったのかもしれない。
なぜ、彼女と結婚したのか、はっきりとした理由はよくわからないし、覚えてもいないけど、僕はその彼女を妻にした。
「この10年ほどのあいだ、キスもしていなかった」と僕は答えた。それは妻側にだけ理由があるということではなく、僕自身としても関心が薄らいでいたのだろう。
「もしかしたら、あなたの側に何か、たとえば身体的な理由があったのかしら?」と朋子は聞いてきた。
「身体的な理由なんて思い当たるこはない。」と僕は答えた。「ただ、セックスしたいと思うことがなかったから。」
これまでに妻以外の女性との浮気などなかったし、かとてって他の女性に性的な興味を抱かなかったわけでもない。でも、別に誰かを抱きたいという欲がなかったのだ。
「妻と交わったきっかけは特に思い当たらない。」と僕はいった。
「理由が思い当たらないのね。」と朋子が言った。「でも、今までになかった衝動が貴方に訪れたということかしら。」
「ただ、妻を抱きたいという感覚が生まれてきた。」それは突然ではなく、半年とかすこしの期間に徐々に生まれてきた感覚だった。
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