無方

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32. 無方

「これで終わりなのか。」洋一は自らの死を予感した。まだ体の自由が幾分か残っているうちにと、洋一は2階にある自分の部屋から1階のリビングへ降りて行った。もし誰かが見ていたらきっとまともな状態でなかったに違いない。洋一自身もどうやったら、その時...
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31. 川の音

震災から2度目の春に、山川の山小屋に湯本がふと訪ねてきた。麓の駅まで来たてから、山川へ連絡が来た。「急で申し訳ないけど遊びに来たよ」と、電話口の向こうで湯本が大きめの声で話した。「おおー、湯本か。車か?」と山川が聞いた。「まだ雪残ってるし、...
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30. 自我

洋一は右のわき腹を抑えた。こみ上げてくる吐き気とどうにもならない倦怠感が彼を支配していた。手を当てた肋骨のいちばん下のあたりはどす黒くが腫れ上がっていた。そんな状態になっても医者へ行かず、薄暗い部屋でじっとしている。肝臓が固くなり、そこにつ...
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29. 自分

ホコリをかぶった机の上には笑っている絹江の写真が置かれていた。写真のふちはちぎれている箇所もあり、顔のあたりは手垢でくすんでいた。既にそこから抜け出す気力も失われていたが、それでもなお洋一の心を地震の時に見た業火が焼いていた。それでいて、体...
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28. ソレイユ

「洋一と連絡取ったか?最近」と純が直ヤンに聞いた。正月ということもあり、東京の復興もままならない中、湯本や純が仙台に帰省していたのであった。仙台の国分町という繁華街に地元の同級生が店を持っていた。女の子が何人かいる“ソレイユ”という名の店だ...
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27. 山小屋

山川は純との電話からそれほど日が経たない内に仙台に戻っていた。もともと、山川の育った桜ヶ丘の家は、年老いた母親が一人で暮らしていたので、娘2人と妻を連れ帰っても不自由なく暮らせる広さだった。実家は父親が元気だったころ花屋を営んでいた為、それ...
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26. 沼

正午過ぎに仙台南インターから高速を降り絹江の家のある286号線を東に進んだ。多少混雑してはいたが30分ほどで絹江の自宅付近へ到着した。「直ヤン、ありがとう。ここまですまなかった。」と洋一がいつも通り短めの挨拶をした。「行くのか、行って家族に...
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25. 残されたものたち

「いや~、大損害だよ。山ちゃん」と首都大地震から数日が経過し電話がやっとつながるようになってから、純と山川が話していた。「お前のところはどうだった?店は大丈夫なのか?」と純が続けて山川に聞いた。「店はもう無理だよ、倒れて焼けて、消防の放水で...
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24. わかれ

頭の左側にあるスマートホンが鳴った。洋一は不意に起こされ、ゆっくりとした挙動で上半身を起こした。部屋は真っ暗で、街灯も店の看板も消灯したままであったため、窓のから差し込む明かりもなかった。「だれ?」とスマートホンが鳴る方向に体をひねり電話に...
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23. 想定外

「大震災から1週間たち、各国からの支援物資が続々と届いてる模様」「復興にかかる時間は現時点では何とも言えない。政府として最大限の努力を惜しまない」「山手線の周囲は、巨大な噴火口のように陥没しています」「首都直下型、マグニチュード8.5を超え...