眞野は立てかけられているレコードジャケットを見た。
灰色をベースとした色合いのジャケットだ。膝下だけの描写だが、黒いタイトスカートの女性がさっそうと歩いている。
「あれは昨日のスリットスカート」と、振り返った時にドアの外を横切った女の足を思い出した。レコードジャケットにはアルファベットで書かれた文字の黄色までは確認できたが、なんて書かれているのかは読み取ることはできなかった。
瓶ビールがテーブルにトンと置かれた。
実際にはトンという音が聞こえたわけではなかったと思う。テーブルにビンが置かれたときの小さな振動が、そう錯覚させたのだろう。
すでにビールの栓は抜かれている。灰皿にも使えそうな透明な器にのせたナッツも出してくれた。ナッツといっても、ピスタチオとかアーモンドなどではなくピーナッツと柿の種だ。
レコードのB面が流れているらしい。Bと白字でかかれた黒い札が譜面立ての左肩にかけられていた。アップテンポのピアノと、サックスかトランペットの掛け合いが耳に心地よかった。
「この前とは違う雰囲気だな」と思った。もちろん、眞野には演奏者の違いなど判るはずもなかったのだが。しかし、それでも音の圧が昨日と同じように店をおおっていた。
眞野は瓶ビールをコップについだ。グラスと呼べるようなしゃれたものではなく、立ち飲み屋などで見かける使い古されたガラスのコップだ。すぐに泡が薄くなった。一息にコップ半分ほどビールを飲み、壁に背中を押しつけた。足をテーブルの下に放り出し天井を見上げた。
小刻みに弦が震え、リズムが正確に他の音色を絡めつつ曲が進行していく。
「不思議な感じだけど嫌いじゃないかな」と心の中でつぶやいた。コップに残ったビールを飲みほし、ふと目を閉じてみた。
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