正午過ぎに仙台南インターから高速を降り絹江の家のある286号線を東に進んだ。多少混雑してはいたが30分ほどで絹江の自宅付近へ到着した。
「直ヤン、ありがとう。ここまですまなかった。」と洋一がいつも通り短めの挨拶をした。
「行くのか、行って家族にあって何を話すんだ。」と直ヤンが不安になって聞いた。絹江の家族が洋一をどう思っているのかわからなかったからだ。
「・・・。」無言だった。しばらくして、「あとは何とかできるから」と洋一が答えて車を降りた。直ヤンには帰るように伝えた。
洋一は車から降り、5分ほど歩いた。雨は降りやまず、洋一の来ている服を濡らしまじめた。絹江の実家は大きな通りから路地を数本奥に入ったところにある。
昔風のブロック塀で囲まれ門扉は施錠されていなかった。門をくぐり、芝が敷き詰められている庭を左手にに見ながら、敷き詰められたレンガ色の敷石の上をゆっくりと歩きながら玄関のある方へ向かった。
「どなた?」と、ぼんやりとした、しわがれた声が、不意に芝生の奥にある縁側付近から聞こえた。洋一は少しドキッとしたが、そのまま半歩芝のある庭に足を踏み入れ、「キムラと申します」と聞こえるように答えた。
「あんただったのか。あんたが木村君か」と、初老の男が再び呼びかけてきた。力のこもった声に変わっていた。洋一は他に選択の余地が無いといった心持で、声のする方へ近づいて行った。
「もうしわけ」と雨に濡れた緑の芝に手をついた途端、「どの面下げてここへ来たんだ」と叩き付けるような怒りが、洋一の頭上から襲ってきた。
「申し訳ありません」それ以外は言葉に出なかった。洋一の額は強く地面に押し付けられていた。
「キサマ、お前が娘を、絹江を」と縁側の奥の声の主から、歯を食いしばるような嗚咽が漏れてきた。
「あなた、大きな声はやめてください」と、初老の男性と同年代の女性の声が近づいてき軒下の縁の上に正座した。
「絹江の母親です」と言い、その女性は背筋にキッと立て正座した。
「絹江からあなたの事は聞かされていました。絹江はあなたをずっと待っていたんですよ。十何年の間ね。でもね、結局連れまわされ、あなたの勝手に振り回された挙句、こんなことになって」と絹江の母親は、雨に濡れた縁側でも判るほどの大きな涙をいく筋も流した。
洋一は言葉が出なかった。ひたすら額を地面にこすり付け、両手はまるで芝の根を掘り返すように庭の土を握りしめていた。
「あの娘が、絹江がどう言うかわかりませんが、木村さん、あなたの顔を平然とみることなんてできないの。私たちの前にもう姿を見せないでください。」と絹江の母親が洋一に言った。
「お前じゃなかったら、お前なんかに振り回されなかったら、とうの昔に絹江の花嫁衣裳を見れたいたんだ。」と絹江の父親が縁側の下に裸足で降り立ち、両膝をついて洋一の胸倉をつかみ起こした。
絹江の父親は怒りと悲しみと涙で顔をくしゃくしゃにしながら、掴んだ洋一の胸倉を左右に振った。
「二度とここへは来るな。帰ってくれ。」と絹江の父親が洋一から手を放した。そして、そのまま縁側のサッシを割れるほどの勢いで閉め、母親と共に家の奥へ消えて行った。
幸せにするどころか、絹江を救えなかった自分自身をどうする事も出来ず、絹江の人生を振り回した過去に圧し潰され、洋一は真っ黒な泥の沼に引きづりこまれていった。
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