24. わかれ

頭の左側にあるスマートホンが鳴った。洋一は不意に起こされ、ゆっくりとした挙動で上半身を起こした。部屋は真っ暗で、街灯も店の看板も消灯したままであったため、窓のから差し込む明かりもなかった。

「だれ?」とスマートホンが鳴る方向に体をひねり電話に出た。ズキンと右わきに激痛が走った。

「洋一、やっとつながったよ。生きているのか?お前なのか?今どこなんだ」と矢継ぎ早に大きな声の質問が飛んできた。

「直ヤン?」

「ああ、おれだよ。生きていたんだな。お前か、本当に?」と直ヤンが聞いた。

「ああ、おれだ」と洋一が答えた。

「どこなんだ、お前」と直ヤンが聞いてきた。

「堀川医院っていうところらしい。東京の北の方で千葉県かもしれない」

「誰かに助けられたんだな。生きていてよかった。本当に。」と確かめるように直ヤンがつぶやいた。

「直ヤンは?あの後どうなったんだ?」と洋一が聞いた。

「あの時、バックドロップで場外に投げ飛ばして。そしたら、大きな揺れが直撃して」と言いながら「おまえこそ、あの場でどうしてたんだ?」と直ヤンが言った。

「俺、ごめん、何も覚えていないんだ。どこかを彷徨っていたみたいで。子供は?弘人はどうなったんだ?」と洋一が怯えるように聞いた。

「俺、反射的にっていうか、とっさにブリッジに近い状態でロープの外にいた息子を確認したんだ。で、そのまま、そこにぶっ飛んで行き」といって、直ヤンが言葉を切った。

「どう、した」と洋一が微かな声で直ヤンを促した。

「弘人と、絹江さんを、2人を抱えて」と言った。電話の向こうで直ヤンが泣いているの場分かった。

「絹江さんが弘人の盾になって、天井から落ちれ来た大きなカメラか何かの機材が絹江さんを」とまで言って、そのあとは言葉が続かなかった。

「弘人君を守ったんだな。無事なんだな。」洋一が魂を絞られる様な声を出した。

「洋一、すまない。」と直ヤンが言った。

「謝るな。お前のせいじゃないだろ。絹江が」と洋一は手に持っていたスマートホンを床に落とした。その顔面からはみるみる血が引いて行った。

窓の外の、強めの雨音が洋一の心に冷たく染み込んできた。

翌朝、電話から5~6時間ほどしたまだ明けきらない時間帯に、再度洋一のスマートホンが鳴り響いた。

「よういち、直ぐに仙台に帰るぞ。準備しろ」と直ヤンが叫んでいた。夕べの様子からは一転して、いつもの元気な声が洋一の耳元に強く響いてきた。

洋一は枕元のテーブルに置いてあった鞄を手に取った。ファスナーの間から、絹江にかってもらった洋服が畳んで入れられていた。病院の看護師が選択をしてくれ入れてくれていたのであった。

洋一はそのかばんを抱えたまま、病院の寝巻のままで部屋を飛び出た。当直の看護師がいるであろう部屋をノックし、「キムラです。お世話にました。本当にありがとうございました。」とドアの外から大きな声で叫んだ。

看護師がビックリして部屋から出てきた。「なんですか。どうしました」と看護師が言うのと同時に、洋一が鞄から財布を取り出しそのまま渡した。

「今はこれしかありません。住所を書いた紙も一緒に入っています。必ず後で治療費は振り込みます。許してください。本当にありがとうございました。」と言い、玄関の方へ向かって走り出した。

ガラス越しに直ヤンがいつも通りの大きな笑顔で扉を叩いていた。「早く来いよ」と直ヤンが叫んでいるのが分かった。

洋一は内側からロックされている玄関の鍵を回し外に飛び出した。直ヤンが大きな笑顔で正面に立っていた。

「さっ、帰るぞ。洋一。」と直ヤンが洋一の肩を支えながら、そばに止めてあった車の助手席のドアを開けた。洋一は倒し気味に入してあったシートの背もたれに全身をあずけた。

「どうやってきた?道路、塞がっていただろ。」と洋一が聞いた

「どうやってなんて考えていたら行動できないぜ、洋一。」と直ヤンらしい返事が返ってきた。直ヤンの運転する車は、周囲の様子を気にしながらと走れる道を、比較的大きな道を探りながら走り続けた。

「10年前の東北の様子と同じだな。また起こってしまうなんて。」と直ヤンが運転しながらあたりの風景に視線を送った。

「仙台までどの位かかりそう?」と洋一が聞いた。

「来るときは、栃木までは拘束が使えたから5時間チョイかかった。関東に入ってからの来るかが走れる道も確認できたから、帰りは少し早いと思うよ。」と直ヤンが話した。通常であれば東京-仙台間は270㎞程度で、高速を飛ばせば3時間かからない距離であった。

しばらく、無言のまま車が走り続けた。洋一が入院していた堀川医院は千葉にあったが、都心からそれほど離れてはいない場所にあった。しばらくの間、崩れ落ち崩壊したビル、真っ黒に焼け落ちた家屋群が残る光景を見続けていたが、埼玉から栃木を抜ける頃には、そうした被害とは無縁の景色が広がり始めた。

洋一は既に倒したシートの背もたれを戻し、何事もなかったように流れる家々を眺めていた。

「洋一、絹江さんは実家のご両親のところまで連れていったから。」ふと、直ヤンが口を開いた。

「家、分かったのか?」と洋一がどうでもいいようなことを聞いた。

「ああ、勝手に悪かったけど財布の中の免許証で確認した。」と直ヤンが答えた。

「そこまで連れて行ってくれ、このまま。」と洋一が直ヤンに頼んだ。

「ああ、そのために来た。実は昨日絹江さんの葬儀があったんだ。弘人の事があるから俺も行って手を合わせてきたよ。お前にも早く連絡が着けば。」と直ヤンが返事をした。

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