23. 想定外

「大震災から1週間たち、各国からの支援物資が続々と届いてる模様」

「復興にかかる時間は現時点では何とも言えない。政府として最大限の努力を惜しまない」

「山手線の周囲は、巨大な噴火口のように陥没しています」

「首都直下型、マグニチュード8.5を超える規模の大地震が発生した。それに伴い発生した火災旋風は上昇気流を引き起こし活火山の爆発のような惨劇を呈した」

「誰がこの惨劇を想定できたのでしょう」火の手が治まり、やっと映し出された災害の状況をテレビがニュースから流れ続けていた。

「なにが想定外だ。2011年の時も同じこと言ってたじゃないか。」と缶チューハイを片手に湯本がブツクサと言い始めた。

「あれだけの惨劇の経験も完全に風化していたのですね」一緒に飲み始めた坂本がそれに応えた。

「他の国の出来事じゃないんだよ。同じ日本でだよ。」と湯本がいった。

「もっというなら、千年前の記録とかでもありませんし。あれからわずか10年しかたっていませんよね」と坂本がいった。

「都市を支えていたITシステムはことごとくダウン。その影響で交通も通信も防災も社会インフラと呼ばれるものは何もかも止まってしまった。」と湯本がいった。

「これでもし、東京湾に原発があったらと思うとぞっとしますね」と坂本がいった。

「もし・・・じゃあ、ないんだよな。3.11で福島が悲惨な目にあったというのにまだエネルギー大量垂れ流し社会は何にも変わっていなかったんだろ」と湯本が言った。

「相も変わらず、データセンターが電力大量消費の権化として君臨していましたからね」と坂本がいった。

「そうなんだよな。まさに原発の安全神話の時と同じだよ。データセンターは万が一の災害に備えるためのインフラです。なんて、営業してたもんね。」と湯本が言った。

「それが縦揺れには弱かったなんて、今さら言えませんよね。当時の原発関係者が言っていた『想定外の津波でした』と同じことですよね」と坂本がいった。

「それでも再建するって会社が言ってるんだよ。信じられる?」と湯本が言った。

「しかし皮肉というのか、なんと言っていいのかわかりませんが、都心でもこの一角は延焼もまのがれましたし。こうして公園の桜の下でプシュッとできて、お前も無事だしよかっよな。煙に巻かれて倒れたときはもうだめかと思ったよ。結局何日入院していたの?」と森が坂本に言った。

「もー、酎ハイと一緒にしないでくださいよ、でも、おかげさまで1日だけで済みました。たんに気を失っただけで、念のため精密検査という事でしたから」と元気になった坂本が答えた。

「データセンターもただのコンクリートの塊になってしまったし、今日はいいんじゃないの?プシュッとやっても」と湯本も坂本の笑顔に応えるように言った。

「まあ、ここのメンバーはみんな、こうして今日、いちおうは会社に集まれましたしね」と森が言った。

「懲りないんですよ、人間って」と坂本がいった。

「なんだ、会社の方針の事か?それとも、懲りもせず会社に従順な俺たちの事か?」と湯本が坂本に聞いた。

「そういうお前も、保険金おりたから車買い替えるんだろ」と森も湯本続いて坂本を追撃した。

「だって、」と坂本がいった。

「だって何だよ」と湯本が言った。

「何かあったら交通事故だと思えって言葉もあるじゃないですか」と坂本がいった。

「交通事故起こして、懲りずにまた車運転するっていってるのと変わらないじゃん。それじゃまったく」と湯本がいった。

「怒られるかもしれませんが、ほんとですよね、無限ループから抜け出せませんね」と坂本がいった。

「お前みたいな奴がいるからだろ」と湯本が言った。

「社会の問題でしょ」と坂本がいった。

「お前の問題だよ。個人の」と湯本が言った。

「そうゆう所長はどうするんですか、真面目な話」と坂本がいった。

「全部真面目な話だよ。まあ、それはいいとして。東京近郊でデータセンター作るってんいうんだから、またそこでやってみるよ。サラリーマンだもん」と湯本が言った。

「結局、社会も個人も近視眼的だってことなんですかね」と坂本がいった。

「うーん、お前の話は難しいな。死にそうになって悟りでも開いたのか?でもまあ、俺らみたいな個人がこの社会支えてんだから、社会だってそー簡単に変わるわけないかもね」と湯本が言った。

「なんか、まるで苦しむために生きているみたですね。僕ら、っていうかみんな。」と坂本がいった。

「そうだな、欲の皮つっぱらせて働いて、その挙句に苦しんでるっての、案外その通りかもしれないな」と湯本が言った。

「イライラに満ちた満員電車のって。私が私がって自分をかわいがって。」と坂本がいった。

「まあ、少しは刺激とか快楽もないとな。」といって、2本目のチューハイに手を出した。消火時の放水やススやらで売り物にならないくなった商品を、ボランティアと称して酒屋から買い込んできたのであった。飲み屋街への卸専門の酒屋らしいのだか、どこの店も営業などできず、酒屋の店主がしかたなしに路上で売りさばいていたのだった。

「でも、モッちゃんが提案してくれた液浸冷却。あの技術取り入れていたら11階の買いさは防げてのかもしれませんね」と森が割って入った。

「もういいですよ、森さん。こうして元気に退院できましたし、本当にありがとう語彙座ました。」と坂本が礼を言った。

「あれはあれでコスト高だしね。森の言うのもわかるけど、結果論だよ」と湯本が言った。

「そうですね。まったくのところ、人って、自ら社会を完成させることは出来ないのかもしれませんね。」と森が言った。

「そうそう、私も入院してた間、今回の件でいろいろ考えました。」と坂本が森の話のにってきた。「人間以外の動物は何十億年も地球の資源を上手に使い続けてきました。地球っていう揺りかごに守られながら、必要なエネルギー資源を無駄なく循環再利用してきたのですよね」

「でも、人間はこの100年の間に、自分でコントロール不能な猛スピードでその資源を利用し、かつ廃棄し始めた。」と森が言った。

「はい。想像力という翼がいつの日か楽園を完成させると、社会全体が思い込んでいる。でも、その社会を構成する人は、なんだかんだ言って欲とか誘惑に立ち向かうことを常に忘れているのですよね」と坂本が言った。

「ってことはだよ」と湯本がしゃしゃり出てきた。「この社会に暮らしながらも、怒ることもなく、欲ばらず、迷わず慢心せず、なにかより大きな何かの声が聞けるように個人が変化しなけれならんのだな。君たちもわかってきたようだな。」と湯本が森と坂本の2人を茶化した。

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