17. システム

あくる日から、データセンター内でフリーライフ社のシステム構築が急ピッチで進められた。入館チェックを済ませた小林正樹はサーバールーム内のラックの扉を開錠した。彼はフリーライフに吸収合併された企業の社員である。

フリーライフもまだ新興企業には違いなかったが、社長のカリスマ性もあってか、資金集めや人脈づくりが群を抜いていた。そしてIT関連サービスを次々に立ち上げては見事に軌道に乗せていたであった。

その一方で、小林が前職で所属していたのは、大学の研究機関から始まったスタートアップ企業だった。人工知能特許を車の自動運転技術に応用し昨年上場果たしたばかりだ。

フリーライフがそこに目をつけ、自動運転によるタクシー配車サービスを実用化したのだった。そうしたシステムを従来の研究機関から安定基盤であるデータセンターへ移転する作業が小林のミッションだった。

データセンターの契約は内々に決まっていたこともあり、すでに移転に関わる事前作業は終えていた。そのため、機器の移設や動作試験にもそれほど時間をかけずに終了する予定だった。

今日はその作業経過を確認するためにデータセンターを訪れていた。(ある意味何でも屋だな。まあいいか、そのうちエンジニアも増やすって話だし。)と思いながら既に移設が済んだ機器類の点検を行った。

フリーライフ社が契約したのは90㎡ほどのスペースで、そこには40ラックほど設置できる。データセンターは各階ごとにサーバールームがあり、そのフロア毎のサーバールームの広さは700㎡である。700㎡といえばちょうど、野球の内野と同じくらいの広さだ。子供のころに野球グランドで遊んだ経験があれば察しが付くと思うが、ホームベースから1塁、2塁、3塁と一周を駆け回るとそれなりに息切れする。

そのくらいの広さのルームを一室占有する場合もあるが、そこにラックをフルに建てると300程度設置できる。ひとつのラックには詰め込めば20サーバーは入れることができるので、全部で6,000サーバークラスの規模になる。もしこれだけの規模を利用するとしたら、例えばJR山手線の内側を走るすべての地下鉄運行管理を行うシステムや、羽田空港の管制システムなど、とてつもなく大規模システムも構築可能だ。

フリーライフ社の場合は、今回の配車サービスや今後の拡張サービスを考慮した規模であった。(さてと、明日から残り半分のシステム構築だな)と小林はひとり、必要な通信回線工事が間違いなく行われたかの確認作業に入った。

あくる日、小林は彼の上司と共に社長室で立花の指示を受けていた。まだ、それほど大きくない会社という事もあったが、社長の立花が実質ワンマン経営していため、重要なミッションは直接社員に社長から伝えられた。

「正樹、今週中に配信サーバーは完璧に立ち上げろ。平直行の引退試合、独占中継なんだからな。」と立花が小林へ指示を出した。全ての社員を名前で呼ぶのも立花の独特なところだった。

「平さんって、社長のご友人ですよね」と小林が聞いた。立花が平直行の所属事務所と掛け合い契約を取り付けたのであった。もちろん、高校時代の同級生としてプッシュがあったのは言うまでもない。「ああそうだ。だからこそ失敗は許されないんだ。奴の最後の晴れ舞台だからな。」と立花社長が厳しい目で小林を見つめた。

「承知しました。試合中継と、視聴者のチャットしてきた文字をその動画画面上に流せるよう仕上げます。」と、小林が答えた。そして「目新しいシステムでもありませんので、最終テストまで含め期限までに終わらせます。」と更に付け加えた。

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